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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1303号 判決 1966年4月20日

控訴人 京浜電測器株式会社

右代表者代表取締役 岩崎政雄

右訴訟代理人弁護士 永津勝蔵

中野善政

被控訴人 鈴木文蔵

右訴訟代理人弁護士 大塚一男

谷村正太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

被控訴人は昭和三一年一一月一日控訴人会社に雇われて勤務するにいたったこと、控訴人は被控訴人に対し昭和三七年二月八日被控訴人を懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。控訴人は、右解雇の理由として、被控訴人には控訴人の主張する懲戒事由該当の事実があったと主張するので、まず、その存否について判断する。

1、≪証拠省略≫を考え合わせると、被控訴人は、控訴人会社の従業員で組織する全国金属労働組合東京地方本部京浜電測器支部(以下組合という)の青年婦人部長であった昭和三五年三月頃(被控訴人がその頃右の地位にあったことは当事者間に争いがない)、右組合が有限会社協立印刷社に支払うべき印刷代金一二、〇〇〇円を預かり保管中、これを被控訴人の生活費などにかってに費ってしまったことが疏明され、この認定の妨げとなる証拠はない。

2、≪証拠省略≫を考え合わせると、被控訴人は、昭和三六年八月二日から同年九月一四日までの間、前記組合の厚生部委員中竹義時から委任されて、有限会社ホライ薬品商会からグロンサン液を仕入れて組合員に安く販売する組合の事務処理に従事中、グロンサン代金五、四〇〇円を購入者から集金しながら右会社に支払わず被控訴人の用途にかってに費ってしまったことが疏明される(控訴人主張中五、四〇〇円を超える部分については疏明がない)。≪証拠認否省略≫

3、被控訴人が昭和三六年一二月二一日控訴人の取引先である佐藤塗料店からオート用ワックス一かん(代金二六〇円のもの)を買受け、右塗料店はその納品書を控訴人宛に差出したことは当事者間に争いがなく、原審における証人林竹一の証言(第一、二回)によると、右取引は控訴人会社の仕入帳に記入され控訴人会社が注文したかたちになっていたことが疏明される。そして、原審における証人佐藤時弘の証言と原審および当審における被控訴人鈴木文蔵本人の供述と弁論の全趣旨とを考え合わせると、ことのおこりは、控訴人会社の従業員佐藤時弘が自宅で使用するオート用ワックスを市価より安く手に入れようとして、被控訴人に控訴人会社の仕入先から買ってくれるよう依頼したことから、被控訴人が、あたかも控訴人会社が仕入れるものであるかのように右塗料店に発注したといういきさつであることが疏明される。原審および当審における被控訴人鈴木文雄本人の供述中右認定に反する部分は採用することができない。けれども、右のいきさつによって控訴人が代金相当の損害をこうむったことの疏明はない。かえって、≪証拠省略≫によると、控訴人は、昭和三七年一月一八日佐藤塗料店から控訴人会社に宛てた前記オート用ワックス一かんの代金二六〇円の請求書を受取るや、これに不審を抱いて取引の有無を調べた結果、被控訴人の発注によるものであることをつきとめ、被控訴人を追及したところ、被控訴人は前認定のいきさつをうちあけて即日右塗料店に対し代金全額を支払ったこと、その結果控訴人会社が誤って代金の請求を受ける心配もなくなり、仕入帳の前記記載も抹消されたことが疏明される。

4、控訴人会社の従業員がその福利厚生のため日本信用販売株式会社との間の契約にもとづき同会社で発行するクーポン券を利用していたことは被控訴人の明らかに争わないところであり、被控訴人も、控訴人会社に在勤中右クーポン券を利用していたことおよび被控訴人が控訴人会社の従業員から借財をしたことは、当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると、被控訴人は日本信用販売株式会社の発行するクーポン券ばかりでなく、これと同種の事業をしていた蒲田チエンサービス共同組合の発行するクーポン券をも利用し、これらを度々入質した事実があること、被控訴人は、寸借のかたちで、昭和三五年一二月中控訴人会社の当時の総務部長大坪から三〇、〇〇〇円、昭和三六年一二月中控訴人会社の当時の総務部長横山から五〇、〇〇〇円を借用したほか、従業員仲間の大関などからも約四、〇〇〇円を借り、どの分もなかなか返済しなかった事実があることが、それぞれ疏明される。以上の認定に反する証拠はない。右事実からすると、少なくとも被控訴人に金を融通した大坪らは、被控訴人の返済が遅れたために迷惑をしたであろうことは推察することができる。けれども、控訴人の主張するように、被控訴人がクーポン券を入質したため控訴人会社の信用が傷つけられたとか、右クーポン券の入質や被控訴人の借財のために控訴人会社の他の従業員まで迷惑をこうむったという事実については疏明がない。

5、以上1ないし4で疏明があるとした事実を見ても、被控訴人の行動や生活態度には非難に値いする点があったことは明らかである。さらに、≪証拠省略≫を考え合わせると、被控訴人の生計の立て方は昭和三五年はじめ頃からかなり不健全なものであって、とくに昭和三六年終り頃から昭和三七年はじめにかけては、控訴人会社から給料を受取っても即日日本信用販売株式会社等に対する債務を弁済しなければならないためにたちまち赤字になるという乱脈ぶりであったことも疏明される。そして、≪証拠省略≫を考え合わせると、被控訴人は、以上説明した不健全な生活態度について上司や組合の幹部から幾度か注意をされ、これを改ためるように勧告されたにもかかわらず、反省して誠意をもって生活の改善を試みようとする意慾を示さなかったことが疏明される。この認定をくつがえすに足りる証拠はない。けれども、被控訴人が上司から注意を受けると常に反抗的態度を示したという点については疏明がない。

ところで、≪証拠省略≫によると、本件懲戒解雇の意思表示がされた当時実施されていた控訴人会社の就業規則には、控訴人会社の従業員に対する懲戒事由として、その第七六条第五号に「素行不良で職場の秩序を紊した者」と、第一〇号に「業務上に関し会社を欺むく等故意または重大な過失により事業上の損害を与えた者」と、第一一号に「不正不義の行為をして従業員としての体面を汚した者」と規定されていることが明らかである。控訴人は、原判決事実の部第三2の(一)、(二)の点は右第一一号に、同(三)の点は右第一〇号に、同(四)、(五)の点は右第五号にそれぞれ該当するといっている。さきに認定した1および2の各事実の存在が右第一一号に該当することは明らかである。しかし、同じく3の点は、すでに説明したとおり被控訴人の行為が控訴人会社に損害を与えたとすることができないのであるから、右第一〇号に該当するものではないとするのが相当である。また、同じく4および5で認定した事実は、そのこと自体決して好ましいことではなく、これによっても、被控訴人の生活態度はあまりほめるべきものではなかったとしなければならないのであるが、これをもって素行不良と決めつけるのはいささかおおげさすぎるといわなければならない。しかも、さきに認定したかぎりでは、これら4、5で認めた事実はなお被控訴人の私経済上の出来事の範囲を出ないのであって、その無秩序の故に控訴人会社における職場の秩序までが紊されたという点については疏明がないのである。したがって被控訴人に前記第五号該当の事実があったとする控訴人の主張もまた採用することができない。結局、本件においては、たかだか、被控訴人に、前記1および2の不正不義の行為をして従業員としての体面を汚したという懲戒事由があったにとどまるということになる。

そこで、右の懲戒事由について控訴人がした懲戒処分たる本件解雇の意思表示は有効であるかどうかについて判断する。≪証拠省略≫によると、控訴人会社の就業規則による懲戒処分としては、譴責、減俸、解雇の三段階の処分が定められている(第七七条)。そのような定めがなくても、使用者である控訴人会社が解雇権を有することはいうまでもないが、解雇権もまた他の権利とひとしく信義則にしたがって行使されるべきものである。そして、現在の社会経済事情のもとでは、労働者は雇傭されることによって受ける収入をほとんど唯一の生計の資とし、一たん解雇されたがさいご容易に再就職の機会をつかむことができず、たちまち生活の危機におちいるのが通例であるが、一方、使用者の側では、懲戒事由にあたる行為をした労働者との雇傭関係を続けることによって企業自体が危殆に瀕するようになるということは普通考えられず、これを解雇しても、通常、比較的容易に代わりの労働力を入手することができるのであるから、一般に解雇ということが労働者と使用者とに与える事実上の効果には比較にならぬほどの差異があるわけである。したがって、使用者は、解雇権を行使するに当っては、右の社会経済事情をじゅうぶん頭にいれたうえで懲戒事由にあたる非行の程度を検討し慎重に事を決すべきであり、いやしくも、その労働者を企業から排除しなくても企業の秩序がそこなわれるおそれがなくその合理的な経営を続けて行くことができると認められるかぎり、解雇というような思いきった処分に出ることはつつしむべきであり、このような場合あえて解雇の処分に出ることは、解雇権の濫用として許されないものと解するのが相当である。

本件の場合、懲戒事由にあたる行為があったことの疏明があったのは、前記1および2の点のみであり、その事案自体比較的軽微であると認められるばかりでなく、≪証拠省略≫によると、被控訴人が費消した前記印刷代金一二、〇〇〇円の問題は一たん組合が立替払いをした後、直ちに被控訴人が謝罪のうえ全額弁償をしたので、組合幹部かぎりで内聞に処理され大事に至らずに済んだことが疏明されるし、また、≪証拠省略≫によると同じく被控訴人が費消した前記グロンサン代金五、四〇〇円の件も、組合厚生部が一たん立替払いをした後、間もなく被控訴人が全額弁償をしたので、やはり組合厚生部かぎりで内聞に処理されたことが疏明される。以上の事実からすると、控訴人の本件懲戒解雇の意思表示の当時、被控訴人に、これを控訴人会社から排除しなければ企業の秩序ある運営が困難になるほど重大な非行があったとは、到底考えることができない(解雇にまで至らない、より軽い懲戒で事足りたと考えられる。)。したがって控訴人の右解雇の意思表示は、解雇権の濫用としてその全効力を生じないものといわなければならない。

次に、控訴人の予備的主張(予告解雇)について判断する。控訴人が被控訴人に対し控訴人の主張するとおり現行就業規則第一八条第五号の規定によるものとして解雇の予告をしたことは、当事者間に争いがない。控訴人は、被控訴人には原判決事実の部の第三2の(一)ないし(四)の金銭問題に関する軽卒不謹慎な行為があったのであり、それは現行就業規則第一八条第一号の「やむをえない業務上のつごうによる場合」に準ずるやむをえない事由がある場合(同条第五号)にあたる解雇事由であると主張する。そして、真正にできたことに争いのない乙第八号証の二によると、昭和三七年九月一日から施行された控訴人会社の現行就業規則には、予告解雇の事由として、前記各条項に前記のとおり規定されていることが明らかであるが、控訴人主張の被控訴人の行為のうち疏明があるのは、前記、1、2および4のうちのクーポン券の入質、いくらかの借金をした事実だけであることは、すでに説明したとおりである。これらは金銭問題に関する軽卒かつ不謹慎な行為であることまさに控訴人のいうとおりであるけれども、さきに説明したとおり、いずれも組合内部または被控訴人の私経済上の出来事であって控訴人会社の業務に関係することではなく、しかも、組合関係の出来事は事件発生後間もなく組合の幹部かぎりで内聞に処理されて解決ずみのことである。それにもかかわらず、被控訴人に前記1および2の行為があったことが、控訴人会社の業務上のつごうまたはこれに準ずる「やむを得ない事由」がある場合にあたるという点については何らの疏明がない。

一般に使用者は解雇の自由を有するものと解すべきであるけれども、その行使は信義則にしたがってなされなければならず、濫用にわたることは許されないこと、さきに説明したとおりであって、このことはひとり懲戒による即時解雇の場合だけでなく予告解雇の場合にもあてはまることである。そうであるとすると、さきの説明でわかるとおり、さきに認定した事実関係のもとで被控訴人に対し解雇の予告をしたこともまた解雇権の濫用であって解雇の効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

結局、いずれにしても解雇は効力を生ぜず、被控訴人はなお控訴人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあるわけである。

そして、本件解雇が無効であることを前提とする権利関係の確認を求める本案訴訟の判決の確定をまつのでは被控訴人は労働者としてその生活に回復し難い損害を受けるであろうことは、弁論の全趣旨からわかることであるから、本件仮処分命令は、その必要があること明らかである。

以上説明のとおりであるから、被控訴人の本件仮処分申請は理由があり、これを認容した原判決は相当である。

よって民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村義広 裁判官 中田秀慧 裁判官吉田武夫はこの評議成立後死亡して署名押印することができない。裁判長裁判官 新村義広)

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